妙輪寺 縁起

 延文元年(一三五六年)この地の真言寺主は、鎌倉比ヶ谷妙本寺・池上本門寺、両山の三世である大経阿闍梨日輪聖人(日蓮聖人池上入滅の際、兄経一丸と共に稚児として仕えた亀王丸)と大いに宗義を論じたがついに信順して宗を改め寺を聖人に献上した。

当山開山大教阿闍梨日輪聖人は日蓮聖人の弟子であり日蓮六老僧の一人、日朗聖人の高弟子9人(九老僧)の一人です。

 

 

 



 翌延文二年(一三五七年)聖人は方駕を今のこの地に進め、四月開堂して説法をなされ、福聚山妙輪寺(当山)と号した。また永聖跡(寺格)として今日に至る。

 




 


開山日輪聖人の母は妙朗尼であり、尼の父は印東領主印東次郎左衛門尉藤原祐照といい、母は工藤祐経の娘である。

 

福聚山妙輪寺は神奈川県大磯町にある日蓮宗四ヶ寺の内、最も古い寺院です。



 



当山日蓮聖人像は疱瘡身代り守護の像といわれた。現在も病気身代り守護の像として、祈願参詣が多い。徳川時代は紀州家の姫が度々宿泊し、また江戸城の奥女中の参詣が少なくなかった。

 

大磯宿商売繁盛の守護神、熊王稲荷。毎年2月上旬には稲荷祭が行われています。




 


天保七年(一八三六年)九月五日夜九ツ時、北下横丁大工半七火元にて宿内大半焼失、自他十一寺焼した。その後仮建物で過ごし、明治末に現在の本堂は再建されたものである。

 



 



古文書と仏像の一部は災をまぬがれて、特に当山二世である日向(真言寺主)に授けた開山日輪聖人真筆曼荼羅が現存し、日輪聖人像(徳川中期、池上本門寺宝蔵より移した)も保存されている。

 

 

当山は七十代続く歴史ある寺院です。

 





境内にある熊王稲荷は、大磯宿商売繁盛の守護神として伝わる。